ふと、旅に出たくなる。
時間も、成果も気にせず。
誰のことも気にせず、自分だけのために、知らない場所に行きたくなる。
そんな瞬間ってありますよね。
人並みに結婚し、家庭をもち、子供にも恵まれ、平凡ながらもしあわせな生活を送っていても、その抑えがたい欲求はふと訪れます。
旅はいい。
とにかく自由なんですから。
今までの自分を知らない土地へ、いつものわたしを知らない場所へ行きたい。
そこではわたしはみんなの知っている私とは違うわたしになれる。
本当の自分の姿は、いつもの場所では出せないことがある。
家族にも見せられない、いや、家族だからこそ見せられない、見せたくない姿がある。
そんな自分を解放できるのが、旅、という手段。
旅の醍醐味。
知らない土地の、知らない道路を車で走る。
見慣れない地名や、初めての景色、聞いたこともないローカルなスーパーマーケット。
全てが新鮮で、何もかもが楽しい。
もっと若かった頃、わたしはよく、暇さえあればふらりと遠くドライブ旅へ出かけていました。
松山で暮らしていたころ。
夜の9時。
なんとなく、ふと、高知の足摺岬まで行きたいな、と。
当時の四国は高速道路もまだまだそんなに網羅されていませんでした。
松山から足摺岬まで車で行こうとすると、松山インターチェンジから、大洲インターチェンジまで高速道路に乗り、それからはほぼひたすら下道で地道に走り、休憩を考慮すると、だいたい片道5?6時間はかかります。
ふらりと身1つでマンションを出て、夜の空気を感じながら駐車場へ向かいます。
いくつもの町を一緒に走った愛車に乗り込み、イグニッションキーを回す。
静かに、しかし低音の効いたエンジン音は否が応でも心が高揚します。
いつもの、よく通る県道を南へ、南へと向かう。
前方に並ぶ車の赤いテールランプが夜の街の中で浮かび上がって綺麗だ。
気持ちはさらに高まる。
しばらく走り、郊外の入りやすいコンビニに何とはなしに寄ってみる。
ドライブのお供になるソフトドリンクを選ぶ。
何にしようかな、コーヒーかな、ミルクティもいいな、とこれだけでも楽しいものです。
コンビニを出ると、郊外の夜は少し静かで夜がだんだんと深まるのを感じる。
また車に乗り込み、ひらすら南へ、南へと向かいます。
高知県の西端部、足摺岬へと向かっていますが、そこに着いたからと言って、何をしたいわけでもないんです。
太平洋の海の音を聞こうかな、くらい。
松山から高知県の足摺岬まで行く過程そのものが旅なんです。
知らない町の道路を走りながら、知らないスーパー、ローカルなファミレスなどを片目に通り過ぎ、
「あんなスーパーがあるんだ。ふーん。」
「あのお店、おいしいのかなあ。」
などと思いながら走るのがまた楽しい。
県境を越えるころには、深夜0時を回っており、行きかう車はぐんと少なくなる。
何度目かの峠を越え、トンネルを抜けた先に夜の太平洋が見えた。
「ああ!ついにここまで来たんだ!」フィナーレまでそろそろだ、という喜びがこみ上げてきます。
ここまでくるともう、すれ違う車も、追いついてくる車もほとんどいません。
ここは大変な田舎の町なのですから。
そして午前3時。
この町のすべての人が眠っているのではないかと思うような時間に、真夜中の足摺岬に着きます。
窓を開け、遠くから聞こえてくる荒々しい太平洋の海の音。
じんわりとしたしあわせをかみしめながら、運転で張り詰めた神経をやすめるため、車の中で仮眠をとるのです。
朝、明るい光で目が覚め、車をでて遊歩道を歩いていき、誰もいない展望台から朝の太陽と青く雄大な太平洋をみる。
しばらくただ海の音を聞き、そして再び、自分の住む町、松山へと車を走らせるのです。
こんなに、時間にも、なんの束縛も無い自由な時間があるでしょうか。
旅はいくつものしがらみから解放してくれる。
旅というのは、これに尽きるのです。
人はきっと、いつものコミュニティからちょっとだけ解放されたいって思うときってあるんじゃないかな、って思います。
それは、所属しているコミュニティがあるからこその欲求で、そんなのぜいたくだと言われてしまうかもしれません。
それでも、たまにぜいたくな孤独を味わいたくなるんです。
でも、歳を重ね、家庭を持ち、子供を持つとなかなか頻繁にそんなぜいたくな孤独を味わう事はできなくなります。
いいんです。
それで。
そんなとき、旅番組を見ると少し満たされるんです。
自由に旅をする姿を見ていると、自分の中の抑え込んでいたあの懐かしい感覚がよみがえってきて、しあわせな気持ちになれるんです。
旅番組を見ながら、あの日のすべてから自由になっていた時間を思い出し、自分の心に希望みたいなものがふつふつと湧いてくるような気持になる。
今度は、どこへ行こうか、と一人ひそかにほくそ笑む。
これで、わたしは明日からも頑張れる。
そう思えるんです。
おすすめ記事
コメント